長嶋 茂雄

長嶋 茂雄
プロ野球選手
長嶋 茂雄は、千葉県印旛郡臼井町出身の元プロ野球選手・プロ野球監督。読売ジャイアンツ終身名誉監督。日本プロ野球名球会顧問。血液型はB型。 闘志溢れるプレイと無類の勝負強さで巨人の4番打者として活躍し続け、多くの国民を熱狂させた。「ON砲」として並び称された王貞治とともに巨人のV9に大きく貢献した。 ウィキペディア
生年月日: 1936年2月20日 (80歳)
生まれ: 千葉県 佐倉市
身長: 178 cm
配偶者: 長嶋 亜希子 (1965年 - 2007年)
監督歴: 読売ジャイアンツ (1975年 - 1980年)
子: 長嶋 一茂、 長島 三奈、 長島 正興長嶋茂雄の名言一覧

●野球というスポーツは人生そのものです。



●小さな白い球との長い戦いが終わったことを知りました。



●ウサギとカメならカメでいい。我慢する勇気が重要なんです。



●長嶋茂雄であり続けることは、結構苦労するんですよ。



●結果が悪ければ天もファンも見限る。それが監督業。負けるのは監督が悪い。



●スランプなんて気の迷い。ふだんやるべきことを精一杯やって、土台さえしっかりしていれば、スランプなんてありえない。ぼくはいつも、「オレは絶対打てる」という気持ちでボックスに立っていますよ。



●努力は人が見てないところでするものだ。努力を積み重ねると人に見えるほどの結果がでる。



●若いプレイヤーが昔のように心から感動したり、感動しきれない。それは、やはり時代でしょう。だけど感動を知らない人生というのは、何か生きている味わいみたいなものがないわけです。感動はスポーツばかりじゃありません。あらゆるジャンルにある。何かに感動しながら日々新たな気持ちで挑戦して行く。これこそ生きる上での一番の王道と言えるのではないでしょうか。



●なにか一つのことに脇目も振らずに打ち込める時期を持てる人は幸せかもしれない。今の若い人達はのめりこめるものを見失っている。不幸な時代だとは思うけども、時代のせいにするのはどうかな。



●ショービジネスとしてね、見せる一つの商売からいきましてね、同じ負けでも全くいい負け方であったというイメージを持って、ファンに家路についてほしい。



●チームコンダクターっていうのはね、いつも顔色をよくしとかんといかんのですよ。コンダクターが暗い顔でいたんじゃ仕様がない。体調をよくして、いつも元気いっぱいなところを見せないと選手はついてこないし、チームも元気がなくなるもんです。



●英語で「サムシング」といいますね、「何か」。そのサムシングをつかむのは、理論でもトークでもない。やっぱり心と心のぶつかり合いですよね。



●野球選手には人間関係で悩む暇などない。すべてはバットを振り、ボールを追いかけることで解決すべきなのだ。



●少なくとも、セオリー通りの安全な道ばかり歩いていては、生きがいなんか生まれませんよ。ときには冒険も必要です。周囲の批判を恐れず、「俺はできるんだ」とやり抜く – それが男のロマンでしょう。



●努力してますと練習を売り物にする選手は、プロフェッショナルといえない。



●小さなボールと一本のバットには運命と人生がつまっている。



●「あしたはきっと良いことがある」。その日、ベストを出しきって駄目だったとしても、僕はそう信じ、ただ夢中でバットを振ってきました。悔いはありません。



●口惜しかったさ、そりゃもう。でも、あれほどいい三振もなかった。あれほど生きた三振というのもなかった。



●スターというのはみんなの期待に応える存在。でもスーパースターの条件は、その期待を超えること。



●グランドに出たなら、先輩後輩の序列はないんだ。



●雨を喜び、風を楽しみ。



●デビュー開幕戦でも4連続三振。監督としても最初は最下位。あとはよくなるばかりだと思うしかなかった。



●来た球を打て!



●僕は三塁のホットコーナーを守ってやってきた。三塁ベースは僕の恋人です。それが守れなくなったら潔く引退します。



●絶対に負けちゃいけない日、私はベンチで異常になる。



●挫折してもプライドは失わない、それは努力しているからだ。



●魂を込めて打てば、野手の正面をついたゴロでもイレギュラーする。



●いつもずっと思っていることは、現実になっていきます。よいことを常に思っていましょう。



●プロなら陰の苦労や苦悩を人前でみせるべきでない。



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