福澤諭吉

福澤諭吉
ふくざわ ゆきち
著述家
福澤 諭吉は、日本の武士、蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者。慶應義塾の創設者であり、専修学校、商法講習所、神戸商業講習所、土筆ヶ岡養生園、伝染病研究所の創設にも尽力した。新聞『時事新報』の創刊者。他に東京学士会院初代会長を務めた。そうした業績を元に明治六大教育家として列される。 ウィキペディア
生年月日: 1835年1月10日
生まれ: 大分県 中津市
死没: 1901年2月3日, 東京都
学歴: 適塾、 ブラウン大学
設立団体: 慶應義塾大学
著書
学問のすゝめ

文明論之概略 (1875年)

福翁自伝

現代語訳学問のすすめ

現代語訳文明論之概略
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福澤諭吉の名言一覧

●進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。

●自分の悪かったことに気が付いて改めるというのは立派なことだ。

●浮世を棄つるは、即ち、浮世を活発に渡るの根本なると知るべし。

●今日も、生涯の一日なり。

●人生、万事、小児の戯れ。

●政治は悪さ加減の選択である。

●私は軽蔑されて侮辱されても、その立腹を他に移して他人を辱めることはドウしてもできない。

●人生は芝居のごとし、上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし。

●自由と我儘(わがまま)との界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。

●賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。

●親子だというても、親は親、子は子だ。その子の為に節を屈して子に奉公しなければならぬということはない。

●社会共存の道は、人々自ら権利をまもり幸福を求むると同時に、他人の権利幸福を尊重し、いやしくもこれを侵すことなく、もって自他の独立自尊を傷つけざるにあり。

●難きを見て為さざるは、丈夫の志にあらず。

●人は他人に迷惑を掛けない範囲で自由である。

●顔色容貌の活溌愉快なるは人の徳義の一箇条にして、人間交際において最も大切なるものなり。

●一度、学問に入らば、大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ。

●学問の本趣意は、読書に非ず、精神の働きに在り。

●読書は学問の術であり、学問は事業の術である。

●信の世界に偽詐多く、疑の世界に真理多し。

●一家は習慣の学校なり。父母は習慣の教師なり。

●天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。

●自ら労して自ら食うは、人生独立の本源なり。

●ペンは剣よりも強し

●活用なき学問は、無学に等しい。

●行為する者にとって、行為せざる者は最も過酷な批判者である。

●空想はすなわち実行の原案

●人間は、負けるとわかっていても、戦わねばならない時がある。だから、たとえ負けても勝っても、男子は男子なり。勝負をもって人物を評することなかれ。

●学問は米をつきながらも出来るものなり。

●未だ試みずして、先ず疑うものは、勇者ではない。

●独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。

●妊娠中に母を苦しめ、生れて後は三年父母の懐を免れず、その洪恩は如何と言えり。

●結婚は人生の重大事なれば、配偶の選択は最も慎重ならざるべからず。

●家の美風その箇条は様々なる中にも、最も大切なるは家族団欒、相互にかくすことなき一事なり。

●人は、生まれながらに、貴賤貧富の別なし。ただ、良く学ぶ者は、貴人となり、富人となり、そして、無学なる者は、貧人となり、下人となる。

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