ラルフ・ワルド・エマーソン

ラルフ・ワルド・エマーソン
哲学者
ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、アメリカ合衆国の思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイスト。無教会主義の先導者。 Waldoはウォルドウ、ウォルド、ワルド、Emersonはエマソン、エマスンなどとも表記される。 アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンに生まれる。 ウィキペディア
生年月日: 1803年5月25日
生まれ: アメリカ合衆国 マサチューセッツ州 ボストン
死没: 1882年4月27日, アメリカ合衆国 マサチューセッツ州 コンコード
著書: 自己信頼、 エマアソン全集: 第5卷
影響を与えた人: ヘンリー・デイヴィッド・ソロー、 プラトン、 孔子
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名言-

真実は疑いなく美しい。しかし、嘘もまた同様である。
上手にできたことに対する報いは、それができたということだ。
すべての基本は熱中である。そして熱中は純真な心から生まれる。
熱意なしに偉大なことがやり遂げられたためしはない。
誰も助けに来てはくれない、だから自分で何とかするしかない、と悟った時から成熟が始まる。
そうすることができると信ずる者が勝つ。
自分に何ができるかは、自分以外の者には分からない。いや、自分でもやってみるまではわからないものだ。
人の賢さは、その人が何を望むかで計ることができる。
不正に対する感覚が鈍ることは、知性が浅はかな証拠である。
友達を持つただひとつの方法は、友達になることである。
美しいものを見つける為に我々は世界中を旅行するが、自らも美しいものを携えて行かねば、それは見つからないだろう。
悪に苦しまずしては悪をなしえない。
もし君が奴隷の首に鎖をかけるなら、もう一方の端は君の首に絡みつくだろう。
行動はその人の信条の図鑑である。
障害を克服できると信ずる者だけが、本当に障害を克服することができる。
生きていることが重荷になってきたからといって、死を願うのは卑怯である。この重荷から逃れる唯一の方法は、自分の使命を成し遂げることである。
勇気の大部分は、勇気を奮い起こした経験から生まれる。
人生は短い。だが親切を行う時間はいつだって十分にある。
全力を尽くしたのだから毎日毎日をきっぱりと終了せよ。
よき友人を得る唯一の方法は、まず自分が人のよき友人になることである。
自分自身を最大限に利用せよ。君にあるのはそれだけなのだから。
どんな芸術家も最初は素人だった。
恐ろしくてできそうもないことを成し遂げれば、恐怖は必ず消滅する。
雑草とは何か? その美点がまだ発見されていない植物である。
これまでに摂った食事と同じで、これまでに読んだ書物をいちいち覚えていない。そうだとしても、その書物たちが今ある私をつくった。
毎日がこの世の最後の日だと思わないうちは、何一つ正しく見ることが出来ない。
偉大な栄光とは失敗しないことではない。失敗するたびに立ち上がることにある。
良き理想も実践しなければ、良き妄想である。
思考は行動の種子である。
我々は、一人で世の中を歩いている。理想の友など夢であり、寓話である。
教育の秘訣は生徒を尊敬することにある。
氷の上をすべるには、スピードを出すことが安全である。
行動に際して、あまりに臆病になったり神経質になることがないように。すべての人生が実験なのだ。実験すればするほどうまくいく。
悲壮感は第三者の目に映るだけで、苦しむ者の心にはない。
恐怖は常に、無知から生まれる。知識は恐怖の解毒剤である。
愚痴はどんなに高尚な内容でも、また、いかなる理由であっても決して役には立たない。
美しい行ないは、美しい姿に勝る。
他人を助けようとすれば必ず自分自身をも助けることになるというのは、人生の最も美しい報酬の一つである。
軽薄な人間は運勢を信じ、強者は因果関係を信じる。
悪い人々に対する非難や拒絶によって自分を浪費することがないように。むしろ善き人々の美徳を称えよ。
発明が発明を生む。
退屈は人生を短縮し、その光明を奪う。
幸福は香水のようなものである。人に振りかけると自分にもかならずかかる
幸福とは、自分の時間を充実させることである。
人間の器は、その人間が進んで受ける責任の重さによって測ることができる。
雄弁は、君が話す人に真実を完全にわかりやすい言語に翻訳する力である。
この世で幸福以上の何かを求める人は、幸福の分け前にあずからなくとも不平を言ってはならない。
人生の幸福は、決して神や仏が握っているものではない。自分自身の中に、それを左右するカギがある。
その日その日が一年で最善の日である。
他人とは、それを通して自分の心を読み取るレンズである。
我々はそれぞれ、違う温度で沸騰する。
人間は、苦しめられ打ち負かされる時、なにかを学ぶチャンスを得る。
愛らしさのない美は、エサのない釣り針である。
人々の意見が彼ら自身の性格の告白であることに、人間は気づいていないらしい。
報いのない日々にも、たゆまず努力を続ければ、やがて手にする見返りが、その分大きくなるものだ。
何かをするときに方法しか知らなければ、その方法に縛られてしまう。しかし原理を知っていれば、自分なりに方法を工夫できる。
卵一個ゆでるにも最上の方法がある。方法とは、物事を楽しくすらすら行うための手順である。
こうして庭で鍬を振るって畑を耕していると、気分がすっかりさわやかになり、体の調子も良くなるので、自分でやるべき仕事を今まで人任せにしていたのは、何と愚かだったのだろうと、はっと気づくのである。
未来は、それに備える人々のものである。
継続して行う事柄は、容易に行えるようになる。それは物事の性質が変わるからではなく、我々の力が増すからである。
快活さと明るい気分というものは、使えば使うほど残りは多くなる。
我々が屈服しさえしなければ、害悪はみな恩人である。
単に撤退するのではなく、撤退する目的を持て。
質問にたどり着いたなら、答えはすぐそこだ。
物事をプラスに考える者は、やがて女神の祝福を受ける。
不満は自負の欠乏であり、意志の衰弱である。
「運命」とは、まだ思考の火をくぐっていない事実、まだ洞察を受けていないさまざまな原因を表す言葉だ。
愛せよ、さらば汝も愛されん。およそ愛は、代数方程式の両辺のごとく、数学的に公正である。
するのが怖いということは、次にすべきことがハッキリしているということだ。
人生は、経験しなければ理解できない教訓の連続である。
人々は見る覚悟があるものだけしか見ることができない。
過去に何があり、未来に何があるかは些細なことだ。我々の内に何があるかに比べれば。

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